2013年08月30日

『悪韓論』室谷 克実



韓国を嫌っていた人達には痛快な本です。が、著者がタイトルにしたのは「嫌韓論」ではなく、「悪韓論」です。つまり、嫌いか好きかではなく、韓国という国は「悪」なのだと、本書は堂々と述べています。

しかも、本書の見事さは、韓国の悪性を、韓国自身が報道した記事を根拠に述べているところです。つまり、韓国の自白に基づいた悪韓論だということです。

これでは韓国人自身が反論できません。

著者は余裕を持って前書きの最後に述べています。

「本書の内容に意義があるという御方は、私の典拠より高い水準のソースを基にして「良韓論」あるいは「善韓論」を執筆されるよう、お勧めする」

この挑発に、是非とも朝鮮人は受けて立って欲しいものです。まぁ、本書でも(p117)に「韓国人は息を吐くように嘘をつく」と書かれているくらいですから、嘘で固めた「善韓論」なり「良韓論」をかき上げる事くらい容易いことかもしれませんが。

私も及ばずながら加来秀一というペンネームで、

『韓国はなぜ、性犯罪大国となったか』
http://www.amazon.co.jp/dp/B00CJJ86PG/

なる著書を電子書籍で販売し、ありがたいことに多くの方々の支持をいただいている様なこともありますので、韓国の悪い部分は知っている方だと思っておりましたが、本書『悪韓論』には、完全に打ちのめされました。

これほどひどいのか、とまだまだ思わせてくれる韓国とは一体、本当に我々と同じ人類が生息しているのか、と改めて驚かされるという具合です。

韓流ファンのみならず、自分は反韓論者だ、と言う方にもお勧めです。前者は如何に韓国の国策に騙されていたかと驚愕するでしょうし、後者は、自分の知っていた韓国の悪など、本の一部だったと恥ずかしくなるでしょう。


序章では、李氏朝鮮時代からの歴史について、本書を読む上で最低限必要な知識の復習をします。しかし、ここから既に驚きの連続が始まります。

第一章では、韓流ファンの勘違いを正します。

第二章では、韓国人(というか朝鮮人)の差別意識の尋常ならざる強さについて紹介します。

第三章では、大学を出ても職が無いという失業率の高さ(公表されている失業率の嘘)と、それでもなお留学歴で虚勢を張ろうとする韓国人達の姿を紹介します。

第四章では、技術大国の嘘と、韓国人達の余りに低いモラルについて紹介します。

第五章では、韓国人は勤勉であると言う嘘と、教養の低さについて紹介します。

第六章では、嘘で外観を飾ることには情熱を注ぐという、歪んだ美意識について紹介します。

第七章では、韓国が犯罪大国であり、韓国人自らは無法者であることを恥じることも無いにもかかわらず、相手にはひたすら謝罪を要求する韓国人の驚くべき破廉恥さについて紹介します。

第八章では、韓国人の歪な金銭感覚について紹介します。

第九章では、不正や手抜きが当たり前の、韓国人の社会性と、そんな連中が原発をいじっていることの恐ろしさを紹介します。

第十章では、権力者の汚職が当たり前の国柄について紹介します。

第十一章では、買春大国である韓国が、買春インフラが世界一発展しているにもかかわらず、なおも性犯罪が絶えないという気違いじみた国民性について紹介します。

終章では、韓国が主張する「大国」の実態を嘲笑します。

とにかく、事実で驚きたい人には最適な本です。


posted by しげぞう at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月12日

『白熱講義! 日本国憲法改正』小林 節



ニュース関連のブログを書いていながら、なんとなく避けてきた分野がありました。それが憲法改正問題です。

憲法については、以前小室直樹先生の核心を付く憲法論を読んだはずなのですが、恥ずかしながら、遠い昔のこととして忘れておりました。

そこで、書店で見つけた本書を試しに読んでみたところ、これが大当たりでした。

私はなんとなく改憲論派だったのですが、今ひとつ依って立つ論理武装は出来ずにおります。

そんな私にとって本書が大変に役立ったのは、本書では憲法とは何か、というところから実に明快に解説してくれており、その知識を読者と共有した上で、憲法改正の意義がこれもまた論理的に解説されております。

著者は改憲論者ですが、決して安倍政権の憲法改正と同じ主張はしておりません。著者は冷静に、中立を保ちつつ、安倍政権の憲法改正の内容を、賛成できるものと賛成できないもの、あるいはどう見ても憲法を理解出来ていない主張であると区別して評価しております。

その一つ一つに対して、実に腑に落ちる説明が成されており、そもそも憲法って何? 改正って必要なの? という人にとっては間違いなく良書であるとお勧めできます。

国民が国家権力を、詰まりは官僚や政治家をコントロールするためのツールが憲法です。その基本を押さえておけば、憲法改正論のいずれが改正で、いずれが改悪であるのかが見えてくるでしょう。

本書はそのための、大変に優れた入門書となります。

また、憲法は人間が作ったツールである以上、不磨の大典ではありません。ましてや神が刻んだモーゼの十戒でもないのです。

現行の憲法が作られた経緯や作られた当時の時代背景、国際環境や日本の国力から大きな変貌を遂げた今、憲法だけが古式然として不変であることの歪さを感じないわけには行かなくなるでしょう。

第一章では、憲法改正の動きについて見ていきます。

第二章では、そもそも憲法とは何か、について復習します。

第三章では、9条改正の本質を解説します。

第四章では、憲法に対する誤ったイメージを分析します。

第五章では、天皇の憲法上の解釈を考えます。

第六章では、憲法で守られるべき人権について考えます。

第七章では、自由民主党が掲げる改正案を検証します。

憲法改正に関する議論が活発になっていく今、呼んでおくべき本だと想います。


posted by しげぞう at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月02日

『独学術』白取春彦



独学と言っても、本書が対象としているのは資格取得などのスキルアップ系ではなく、主に教養を身に付けるための独学です。

ですから冒頭から「学習」というのは低レベルであり、「独学」こそ、本当に学ぶということだと主張しています。

従って、「生涯学習」という言葉については、大人になって今更何を「学習」するのか、と少々きつい物言いから本書は始まります。

従って大人は、「学習」ではなく「独学」しなければ、教養は身につかないと述べます。

また、「情報」と「知識」も異なり、ネットで調べることができる「情報」は一時的にしか役立たないものだが、書物で得られる「知識」は長く役立つと主張しています。この辺りに著者の偏見を感じました。

すなわち本書の主な主張は、「教養を身に付けたければ本を読むしかないでしょう」ということです。

たしかに読書こそが、最も教養を身に付けるに相応しい手法だとは思いますが、それ以外を低俗と切って捨ててしまうのは、あまりに偏狭だと感じました。

また著者は西洋の文化的教養、特にキリスト教に関する知識こそが世界を理解するに必要な教養で有り、仏教などの東洋の文化的な教養は不要だと言わんばかりに軽んじている辺りに、著者は単なる西洋かぶれなのではないかと、思えてしまいました。

この辺りになってくると、この著者は、本当に教養人なのだろうか?と疑わずには居られなくなってきます。

ただ、読書に対する姿勢については、難解な本を読みやすくするコツや、斜め読みの効用など、読書の幅を広げるヒントが書かれておりましたので、得るものがありました。

第1章では、学習と独学の違い、情報と知識の違いを述べます。

第2章では、難解な本を読むこつや、実は解説書は原典よりも分かりにくいことが多い、ということを解説します。

第3章では、教養と何か、について、特にキリスト今日の知識を学ぶ重要性について述べます。

第4章では、外国語の学び方について紹介します。

第5章では、調べる方法や、結論よりも考え方を学ぶ重要性にについて紹介します。


posted by しげぞう at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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