心が洗われる様な素晴らしい本でした。
著者は都市化されていく中で、前時代に取り残されたかのような旧家で育ったことに劣等感を持ちつつ幼少時代を過ごしますが、大人になってから自分を育ててくれた祖父母の暮らしが、実はとても貴重な暮らし方であったのではないかと気付きます。
それを気付かせてくれたのが、土蔵に張られていた一枚の護符でした。古くからその土地に暮らす人々は、その護符を「オイヌさま」と呼びます。
護符には「武蔵國 大口真神 御嶽山」という文字と共に、黒いオオカミの様な絵が版画として刷られています。
この護符は何を意味するのか、何から守ってくれているのか、そしてどこからやってきたのか。
著者はこの一枚の護符のルーツを辿る旅に出ます。
その旅で出会った人々や風習、伝統、営み、信仰に触れるにつれて、平野部の人々と山間部の人々との古くからの絆を知ります。
また、平野部の暮らしが山間部の自然と密接な関係を持っていたことも知ることになります。
そして「オイヌさま」を崇める行為が、実にいにしえからの人の暮らしを支えてきた豊かな自然に対する畏敬と畏怖と感謝の表れであることを知ることになります。
一枚の護符から、思わぬ広域にわたるフィールドワークとなり、人と自然の美しい調和が保たれていた時代への旅となります。
淡々とはしていますが、丁寧な文章で、著者の体験が綴られています。読み進める内に、自分まで山の清涼な冷気や湿度を感じさせてくれる文章です。
私は根無し草で、思い入れがある土地があるわけでもありませんし、都市型の生活様式でなければ生きていけない人間ですが、本書に描写された古く土地に根ざした暮らしぶりは、何故か懐かしく感じました。
後書きを読む頃には、涙が出そうな程、清らかな心持ちになっている自分に驚いたものです。
都市型生活に疲れた人、日々の生活がなにか地に足が付かない感じの人、大切なものを忘れたまま大人になってしまったと感じている人、日本人であることに誇りを持てなくなった人、そんな人達には是非読んで欲しい本です。