2014年05月06日

『ゆかいな仏教』橋爪大三郎, 大澤真幸



出版社は異なりますが、本対談は前著『ふしぎなキリスト教』と同じコンビによるものです。

対談形式も雰囲気も前著と同様ですが、流石に仏教は難解であるため、対談の内容も一筋縄でいかず、前著以上に屁理屈のこね回し合戦の様相を呈しています。

とはいえ、その理屈をこね回すこと自体を対談者達が楽しんでいるため、読んでいるこちらも難解な仏教を楽しみながら考える事になります。

既にAmazonのレビューでは、自称もしくは自認仏教専門家たちから、あからさまな批判を受けていますが、仏教的には彼らの批判もまた「分かっていないなぁ」ということになるでしょう。

何せ仏陀の教えが分かったときには成仏しているわけですから。これすなわち悟りですね。

仏教なんぞ、寺の坊主ども──失礼、僧侶たちでさえ、分からないわけで、釈迦自信がそれこそ気の遠くなる長期間(輪廻転生を含む)で修行しているわけです(とまで伝えられるほど、悟りは遙か彼方)。

ですから、仏教を語るには、「分かった気がする」レベルでよいのではないか、と私などは暴言を吐いてみたくなります。

本書では、仏教の始まりを、釈迦が生きたインドの社会背景から辿っていきますので、初心者にも非常にとっかかり易いのではないでしょうか。

いきなり哲学的な考察は難しすぎますから、まずは釈迦が仏教を唱えたくなった背景を知ることは、良い対談の始め方だと思います。

そして葬式仏教に馴染みすぎてしまった我々のために、まず初期仏教(所謂小乗仏教や原始仏教)の考え方を確認します(あるいは推測します)。

その上で、大乗仏教が生まれた必然性と仏教が普遍宗教となった経緯が考察されます。

その延長で、最も新しい仏教である密教が、果たして仏教と言えるのかどうかということも含めて、その教義について考察します。

最終章の「結び いま、仏教を考える」では、現在の国際社会で仏教を再考察してみる意義について述べられていますが、ここでは仏教の4つの特徴に意義が有るとしており、それが面白い終わり方になっています。

その4つとは、「個人主義的」「自由主義的」「合理的」「理想主義的」です。

仏教的な視点から世界を見ると、確かに面白いはずです。

とにかく、仏教という難解な宗教を、確かに「ゆかいな」対談を楽しみながら「理解できそうな気になれる」本です。


posted by しげぞう at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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